芦別健夏山笠について、年表形式でまとめてみました。
H10までは芦別健夏山笠振興会「芦別健夏山笠振興会十年史」より。
H19までは芦別健夏山笠振興会「芦別健夏山笠二十年記念誌」より。
type[1-430 431-800 801-1000 1001-1200 1201-2000]
 年  当番流 主な出来事
1984
(S59)
- NHK特集「熱走!博多山笠」放映(7月23日)
1985
(S60)
- 中央区町内会、健夏まつりの「まとい踊り」に出す山車を鉄製の山笠に変更。
本番前日に舁き手の合宿(H1まで続く)。
10月、「健夏まつりを楽しくする会」結成。
1986
(S61)
- 2本の山笠を作る。
1987
(S62)
- 北日本流、栄流、宮元流、緑幸・中央流の4本となる。
1988
(S63)
- 「まとい踊り」から「健夏山笠」に変更される。
栄流、資金造成「オリジナルテレカ」を1000枚作成。
1989
(H元)
- 6月、上芦別公園祭り前夜祭で舁く。
緑幸・中央流が分離。計5本。
7月、博多山笠視察調査。
9月8日、「健夏まつりを楽しくする会」を解散し、「芦別健夏山笠振興会」を設立。初代会長に青井愼介氏が就任。
本部付の市役所職員が「市役所若手の会」を結成。
紋章を「五つ松木瓜」に決定。
1990
(H2)
- 6月、上芦別公園祭りで舁く。(以後、H6年まで)
臨時総会・ビアパーティー・振興会本部詰所・若松取り・祝儀山・博多派遣事業がそれぞれ初めて行われる。
追い山登場。1.2㎞。
1991
(H3)
- 「市役所若手の会」から市役所流へ変遷。計6流。
定期総会において、以降の山笠の順番がくじ引きにより決められる。(栄→中央→宮元→緑幸→北日本)
亀田均氏に山笠人形三体の制作を依頼し、承諾を得る。
1992
(H4)
- 3月7日、亀田氏による「山笠講演会」を開催。
山笠人形三体を抽選の上、宮元流・中央流・栄流に導入することを決定。
中央流「織田信長」
北日本流を北流、市役所流を市(いち)流、宮元流を北大黒流に改称。
博多祇園山笠振興会長から手一本いただく。
5本の山笠台を博多と同規模のものに作り替える。
1993
(H5)
- 飾り山建設。
緑幸流・北流にも山笠人形を導入。
1994
(H6)
緑幸 緑幸(みどりさいわい)流を緑幸(りょくこう)流に改称。
当番流制度の創設。
追い山コースを改正し、2.1㎞になる。
1995
(H7)
北・市 栄流・中央流が流詰所を開設。
追い山ならしが追加。距離1.1㎞、市流対五流連合。
1996
(H8)
栄 その他の流も流詰所を開設。
博多祇園山笠振興会役員来芦。
緑幸流、(八月)二十日盆踊りを初めて開催。(以後、継続)
STV「どさんこワイド」に出演する。
1997
(H9)
中央 芦別市長、博多祇園山笠集団山見せの台上がりに。祝儀山が追善山となる。
青井会長急逝。齋木達夫氏(北流)が第2代会長に就任。
1998
(H10)
北大黒 芦別健夏山笠振興会十周年。飾り山・舁き山が新調される。
1999
(H11)
緑幸 第24回北海道都市問題会議(10月28日 於・芦別市) 第1分科会において話題提供
2000
(H12)
北・市 この年の祝儀山笠より、来賓の台上がりを行う。
2001
(H13)
栄 この年よりビアパーティーの会場が北の京となる。
博多祇園山笠大黒流役員、長谷川法世氏が来芦。
2002
(H14)
中央 博多から個人レベルで視察・参加が増える。
2003
(H15)
北大黒 NHK「ほくほくテレビ」に出演。
飾り山笠『武蔵剣豪誉』
2004
(H16)
緑幸 博多祇園山笠振興会五十周年記念式典に招待を受ける。
追い山笠において、博多祇園山笠土居流西方寺前町の方々が緑幸流から参加。
2005
(H17)
北・市 NHK「ほくほくテレビ」で簡単に紹介される。
10月の臨時総会において、一番山笠総代を副会長に充てることが決定。
2006
(H18)
栄 振興会会則が改訂。(総会と総代会の構成縮小、副会長関係)
UHB「えき★スタ」に出演。
追い山ならしで五流連合が市流に勝つ。
2007
(H19)
中央 「追い山ならし」「追い山笠」のコース改訂が行われ、清道入りをはじめる。(試験的導入)
追い山ならしで2年連続五流連合が勝つ。
2008
(H20)
北大黒 新しい飾り山となる。(標題:『美哉月光冴星乃降里』)
「追い山ならし」コース改訂。「追い山」とともに、清道入りを正式導入。
「追い山ならし」は市流の勝利。
二十周年記念式典が挙行される。
2009
(H21)
緑幸 「追い山ならし」は五流連合が勝つ。
2010
(H22)
北・市 齋木会長が退任。高砂裕司氏(北大黒流)が第3代会長に就任。
振興会の追善・市流の追善が1件ずつ行われる。
「追い山ならし」は清道入りでは市流が、全コースでは五流連合が勝つ。
2011
(H23)
栄 齋木前会長が逝去。
STVテレビ「1×8いこうよ」に出演。(道の駅周辺でロケ)
振興会の追善山が執り行われる。(齋木前会長)
北流がこの年は不参加となる。(服喪期間として)
「追い山ならし」は清道入り・全コースともに市流が勝つ。
2012
(H24)
北大黒 ビアパーティーの会場が福祉センターになる。
「追い山ならし」コース改訂(800m)
「追い山ならし」は清道入りでは五流連合が、全コースでは市流が勝つ。
中央流・北流は追い山で単独運行せず加勢にまわる。
2013
(H25)
緑幸 ビアパーティーの開催は従来の当番流の仕切りから各流代表者による実行委員会の仕切りとなる。
新しい飾り山となる。(標題:『福徳円満誉(ふくとくえんまんのほまれ)』)
STVテレビ「どさんこワイド179」に出演。
「追い山ならし」は清道入り・全コースとも市流が勝つ。
振興会の追善山が執り行われる。
2014
(H26)
栄 高砂会長が退任。大西俊夫氏(緑幸流)が第4代会長に就任。
追い山において、博多祇園山笠大黒流古ノ一(古門戸町一区)の方々が緑幸流から参加。
NHK新日本風土記「博多」で芦別健夏山笠が紹介される。
2015
(H27)
北大黒 北流・中央流が解消し、緑幸流へ。これに伴い、市流は四番山笠、五流連合は三流連合と改称。
2016
(H28)
緑幸 追い山において、緑幸流が清道入り・全コース完全二連覇を達成する。
2017
(H29)
栄 「芦別健夏山笠行事検討委員会」から、30周年が終わるまでコース変更をしないという答申が出される。
2018
(H30)
北大黒 追い山コースを短縮する。
北大黒流・緑幸流・栄流の舁き山を更新する。
大西会長が博多祇園山笠の集団山見せにて、大黒流の見送り台上がりを務める。
2019
(R元)
緑幸 大西会長が退任。田森良隆氏(栄流)が第5代会長に就任。
追い山において、緑幸流が清道入り・全コース完全制覇を達成する。
2020
(R2)
- 芦別健夏山笠振興会名誉相談役であった亀田均氏が逝去。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、ビアパーティー・山笠行事を行わず。飾り山・舁き山を作らず。
2021
(R3)
- 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、ビアパーティー・山笠行事を行わず。
飾り山・舁き山を作らず。
2022
(R4)
栄 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、ビアパーティー・山笠行事のうち祝儀山・追い山ならしを行わず。
追い山については山を舁かずに振興会役員が各流の山小屋を廻り手打ちを行う形とする。
飾り山は取りやめ、各流の舁き山を作り、展示する。
2023
(R5)
栄 ビアパーティーは開催せず。
山笠行事を全面再開する。
2024
(R6)
北大黒 5年ぶりにビアパーティーを開催したことで、完全再開となる。
児童の参加案内文書を作成し、小学校2校で配布してもらう。
追い山ならし全コースで、三流連合と市流が同タイムとなる。
追い山コースが短縮され、1.4kmとなる。
ダイドーグループ「日本の祭り」の564件目に選定され、HBCにて「日本の祭り 本家も唸る心意気!芦別健夏山笠」が放送される。
2025
(R7)
緑幸 「日本の祭り 本家も唸る心意気!芦別健夏山笠」がBS12にて全国放送される。
田森会長が退任、田中広吉氏(緑幸流)が第6代会長に就任する。
明治安田PRESENTS「ジモト魂」にて芦別健夏山笠が放送される。
2026
(R8)
栄 博多祇園山笠公式ガイドブックにて芦別健夏山笠のことが触れられる。
北海道博物館において特別イベント「博多から北海道へ―芦別健夏山笠の落語とおはなし―」が開催される。

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